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名古屋地方裁判所半田支部 昭和54年(わ)87号 決定

少年 K・N(昭和三五・九・一八生)

主文

本件を名古屋家庭裁判所に移送する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、自動車運転の業務に従事していたものであるが、昭和五四年二月一一日午後一一時五分頃、愛知県半田市○○町×丁目××番地付近道路を、普通乗用自動車(名古屋××○××××号)を運転し、同市○△町方面から同市△○町方面に向けて進行中、右同所先の信号機により交通整理が行なわれている交差点の手前約一〇〇メートルの地点において、右交差点対面信号機が赤色の停止信号を示しているのを認めたのであるから、このような場合自動車運転者としては、右信号に従つて交差点の直前で停止し、事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、右交差点直前において停止した先行車を追越して同交差点を直進通過しようと決意し、時速約九〇キロメートルに加速しながら道路右側部分を進行して同交差点内に進入した過失により、折から右方道路から青信号に従つて同交差点に進入してきたA(当時二七歳)運転の普通乗用自動車右側面に自車前部を衝突させ、よつて、Aを頭蓋骨骨折、脳挫傷等の傷害により即時同所において死亡するに至らせ、同人運転の右自動車に同乗中のB子(当時一八歳)に対し、加療約八九日間を要する骨盤骨折、左肋骨骨折等の傷害を、自車に同乗中のC(当時一八歳)に対し加療約五日間を要する腰部、右下腿頸部挫傷の傷害をそれぞれ負わせたものである。

以上の事実は、当公判廷で取調べた各証拠により明らかに認められる。

(法令の適用)

刑法二一一条前段。

(処遇について)

被告人は、判示のとおり自動車運転者としては最も基本的な注意義務を怠り、赤信号を無視して高速で交差点を通過しようとした無謀な運転行為によつて本件事故を惹起したものであり、その結果も極めて重大であつて、被告人の責任は重いといわなければならない。

ところで、被告人は、本件につき、昭和五四年五月四日名古屋家庭裁判所で少年法二〇条、二三条一項に基づき刑事処分相当として検察官送致決定を受け、同年一〇月八日当裁判所に起訴されたものであるが、その間、被告人は、本件事故により自動車運転免許取消の行政処分を受けたにもかかわらず、右検察官送致決定の後である同年七月一五日、友人の運転する自動車に同乗していた際に、興味半分で運転を交替して無免許運転で検挙され、同年九月二五日右家庭裁判所で中等少年院送致の保護処分決定を受け、豊ケ岡農工学院に収容されて交通短期処遇を受けているものである。右少年院送致決定においては、処遇理由として、少年は悪質な本件業務上過失致死傷事件を犯したにもかかわらず、「反省することなく本件非行を犯したもので、その責任は重大である。」「少年は、これまでも一六歳になるや原付免許を取得し、マフラーの芯を抜くなどして改造しこれを乗りまわし、次いで自動二輪(中型)の免許を取得し友達と走行し、一八歳になるや普通免許を取得し深夜まで友人らと走行させていたもので、車が友人との交際の一つの手段であるものの、車に対する関心は高く、その運転も交通法規を無視する傾向がある。」「少年は、自己の犯した業過致死傷事件を十分に内面化できず、その社会的責任を自覚できていない。また運転したい気持ちを自制する自省心に欠けている。その背景として、少年はこれまでややもすれば甘やかして育てられ、勉学に精励せず、深夜まで友達と交遊するなどして、少年自身のわきまえのない生活態度を続けてきたためと思われる。」と被告人の問題点を指摘したうえ、「その性格態度を改め性格の矯正をはかる必要がある」、とし、更に、「少年の非行性の内容および程度からして交通短期処遇課程が相当である。」としている。

以上のとおりの経過および右中等少年院送致決定の処遇理由から、被告人については、本件業務上過失致死傷事件とその後の無免許運転が、同人の要保護性を示す一連の非行として把えられて、教育的処遇を加える必要性が認められ、中等少年院における交通短期処遇の保護処分がとられたことが明らかである。そして、証人○○○○、同○△○△の当公判廷における各供述によれば、豊ケ岡農工学院においても、被告人に対し、本件業務上過失致死傷事件の非行に問題の焦点を当てた教育処遇も実施され、人命尊重、社会的責任に対する認識や自己中心的な傾向に対する内省が深められ、良好な成果を収めつつあることが認められる。

被告人は、中学校を卒業後、鋳造工として就職し、比較的真面目に働いていたものであるが、従来、オートバイや自動車に対する関心が強く、特に昭和五三年一〇月頃普通自動車運転免許を得取すると、両親の容認のもとに、本件加害自動車を購入し、それ以来友人と夜間ドライブをするようになつたため、生活態度にもやや問題が生じるようになつたのであるが、本件事故を惹起するまでは格別の非行前歴もなく、元来、それ程強度の要保護性を有していたわけではないと認められる。また、本件事故後は、被告人は、親と共に本件被害者、遺族らに対し謝罪し、或いは、本件事故現場に毎日慰霊の花を供える等して、それなりに反省の態度を示していたものであるが、その反省も、本件事故の原因が自己中心的な性格、交通規範や安全運転に対する基本的な認識の欠如に根差しているということに気づくところまで深められなかつたため、前記のとおりの無免許運転の再非行に至つたものと考えられ、その再非行が必ずしも被告人の非行性が強固なものであることを示すものではないというべきであり、現に前述のとおり少年院における交通短期処遇の教育的成果により、被告人の非行性は解消させられつつあると認められるのである。

本件事故に対する被告人の刑事責任は、前述のとおり重大であるが、しかし、少年の健全育成を通じてその非行の抑止を図つて行くという保護処分優先主義に立つ少年法の理念に照らしても、被告人については、前記保護処分による教育的処遇が実質的な成果を上げつつある以上、もはや刑事責任の追及によりその規範意識の覚醒を図り、再犯を抑止することを目的として刑事処分を科する必要はなくなつたというべきである。(なお、本件被害者のうち、死亡したAを除く被害者に対する損害賠償については既に示談が成立しており、右Aの遺族に対する損害賠償についても示談が成立する見込みがあり、被害者側はいずれも被告人に対し宥恕の感情を示している。)

被告人は、間もなく前記少年院を仮退院し、保護観察を受けながら、父の勤務する会社に就職して更生の道を進む予定であるところ、以上のとおりの諸般の事情を総合的に考察すると、本件を家庭裁判所に移送し、同裁判所の保護的措置ないし保護処分に委ねるのが相当である。

よつて、少年法五五条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 多田元)

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